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02/07
Sun

代替品
CATEGORY:2016

基本的にこの名前の知らないクマのおかげで「ユルユル」なAir Do。
しかし、「ユルユル」でもしっかり飛べば何ら問題なし。
そこに「北海道の翼」のなんとも言えない威厳を感じる。

ま、この「読書グマ」にはこのフライトの時、翼の先から

『最近考えてばっかりで本を読んでいないのでは?』と、目を見て言われた気がしたのではあるが。窓を覗くたびに目が合うから、結構しつこさも感じた次第だ。


さて、今回のテーマは代替品。(だいがえひんとも、だいたいひんとも読む)

すなわち、代わりのもの。選択肢。商品、サービスなどのことだ。
世の中少々残酷なものであるひとつの商品やサービスが存在すると、それに似た機能、効用、見た目のあるものは全て代替品となる。

もし、世の中にホンモノがひとつしかないなら、それに似たものは全て代替品となる。この代替品。かなり巧妙に私の、また皆さんの生活の中に入ってくる。しかも価格は関係がない。例えば100万円以上する代替品というものも存在する。それはクルマだ。

ではなぜそんな代替品が自分の生活の中にそっと忍び込んでくるのか?まずは、あなたの周りにある代替品を探してみよう。

その方法は以外と簡単だ。それを購入する時、または持ってしばらくして、なにかと理由をつけて手元においているもの。これは代替品の可能性が高い。そして、その理由を紐解くと自分の心の中からこんな声が聞こえてくる。


「本当は○○が欲しかったんだ。でも、今手元にあるものは確かこういう理由で。。。」


そう。人は代替品で自らを説得している。その説得の材料を提供しているのが、その商品やサービスについているうんちくである。気がついてみると自分が納得して、選択したはずなのにその理由を尋ねられると、その商品やサービスの宣伝文句がそのまま自分の口をついて出てくるのである。

こんな話し方をすると代替品はなんだかいわゆるニセモノであって、ニセモノをつかまされているという気になってくるが、実は代替品は立派に人を幸せにしているのである。そうなると代替品の品格は造りての良心に委ねられていると言ってよいだろう。

そんなことを言っても、人は一生の内で本当にホンモノで一番好きなものをどれだけ自分の近くに置くことができるのだろうか。たぶんひとつかふたつ。そんなものだろう。そしてそれ以外は全て代替品。これを「オンリーワンだから」でごまかさず、代替品を持っているという認識でいるものをいいことだ。そうすることで手元にあるひとつかふたつのホンモノがよりホンモノであると思えてくる。

私はそれで充分だと思う。ただ、ずっと本当に欲しいものを忘れないこと。一見矛盾するように思えるかも知れないが、それを忘れないことで代替品につけた理由を毎回思い出すし、そして、そこで止まらないことを覚えることになるからだ。

代替品はすぐに手に入るけど、
本当に欲しいものはすぐには手に入らない。

代替品でごまかさず、本当に欲しいものをいつもあなたの心に。
それで人生はより幸せなものになるように思う。

そんなことで言えば、代替品を無理矢理正当化することはやめよう。
それをした瞬間、あなたの人生はそこで止まってしまうから。


止まったらどうなるかって?
そこには恐ろしく長い退屈が待っていると思えばよい。