THE WELBECK GALLERY

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12/31
Mon

2012年考
CATEGORY:GOVERNOR

忙しくて時間がないから情報発信する時間がない。
目下THE WELBECK GALLERYのGovernor's Diaryが更新されない主な理由である。


正直これは言い訳であって、要するに「やる気が無かっただけ」なのだ。



確かに皆さんに何かを伝えたいと常に考えていれば、道楽であろうが、最新のプロダクト情報であろうが、何でもすぐにつたえようとする。しかし、それを現在は行っていない。「やる気」がないのだ。

ただ、この「やる気がない」は、皆さんにとっても私にとってもポジティブな側面がある。それは私の中でのそれ相当の蓄積があるということである。



思えば、2007年に烏丸三条西入ルでTHE WELBECK GALLERYを開業した当時は主に1998年ごろから約10年足らずの間の私の蓄積を一気に放出した形で全てのアイデアをぶつけたつもりでいた。しかし、その活動は徐々に世のプロダクトに追いつかれる形でより親しみのあるものへと変化して行った。すなわち、蓄積していたものを使い果たした時にはコンセプトの模倣に対しても何も手を打つことができなかったのだ。厳しく言えば余力を一切残していなかったということになる。そう考えれば2009年12月以降の蓄積はさらにその内容を濃くした形で進んでいるのである。



さて、そんなコンセプトに影響を与える出来事が2012年も多かった。


1.プレイヤー探しの旅の終焉

家電量販店と最近のテレビ冷え。「鉄冷え」といわれた時代の直後に鉄鋼関連の仕事に就いた私にとって、今回のテレビ冷えは市場そのものを考える上において非常に印象的な出来事だった。

家電量販店は知っている。価格で訴えることが最も売り上げを獲得する近道であると。すなわち、彼らの言う付加価値とは、価値に似合う製品であるということを伝えるということではなく、価値を分配する上においてその取り分の多くを消費者に与えるということにすり替えている。通常付加価値創造とは、今ある価値がそれ以上のものに感じられるようにすることを指すが、彼らは創造せず、今ある価値の分け前比率を変えるということで消費者に「喜んでもらって」いるのである。

私にも経験があるが、買えないものは多い。買えないものはその時点では買わないほうがよい。しかし自分の自身の条件が変わらない場合、買えないものに手が届くと言う状況がもし創られたとすれば、それはローンや売りテと造りテの利益吐き出しなどによって達成されている。要するに多少の無理をすることでその消費が起こっているということになる。


その無理は最終的に誰が背負うことになるのか?


ローンの支払いができない本人。利益を吐き出した売りテと造りテ。その行き着く先。すなわち自分自身が背負うことになるのである。


さて、プレイヤー探しの旅について。
家電メーカーは家電量販店業界の再編を横目で見てきた。誰かが1位を取る。その数年後かつての1位は今の1位に吸収合併される。投資をして工場を抱えた以上工場を動かし続けなければならない家電メーカーにとっては誰が1位でもよいのだ。売りテがいればよい。(いなければならない)その一点に集約されるのである。

しかし、プレイヤーが入れ替わるペースがこれまでになく早くなり始めた時、その時に気がついても遅かったのだ。投資を行って得られた技術革新、それを基に造られた革新的な製品、その価値はこれまでのライフサイクルでは考えられない速さで急速に失われていく。誰かが価値を安売りした結果である。


家電メーカーが気がついた時、利益を吐き出す売りテしか市場には存在しなかった。プレイヤー探しの終焉である。それらをひとつの結果として「テレビ冷え」は起こった。

もちろん、エコポイントや地デジ化のリバウンドも要因のひとつだ。しかし、その前に今の消費がもはや必要のない領域までその「無理」が浸透しつつあるということを私達は覚えておかなければならない。




2.ザ(インターネット)市場 − 真の勝者はamazonか


自動的に索敵活動を行うロボット。その情報を元に瞬時に対抗手段を打つ自動システム。amazonのインターネット市場最安システムはアメリカが長い時間をかけて悲願としてきた「ミサイル防衛システム」を正に何十年も早くにインターネット市場で達成したモデルである。

日本での開業からそろそろ15年を迎える「アウトレット」。開業当初は都市部の専門店に配慮した形で競合地域を避ける「100キロルール」が存在し、買いテは100キロの移動にかかる時間と費用とを引き換えに安い商品をアウトレットに求めた。そのうち、「アウトレットしか売れていない」という状況が発生し、「アウトレット専用商品」が造られはじめる。そして、アウトレット専用商品なのだから、商品的には競合がないとされついに都市部にアウトレットが出現する。そんなことに一喜一憂していたメーカーとブランド、それと販売チャネル。その間に全く競合を無視する超合理主義がお茶の間にやってくるのである。インターネット市場だ。ある意味10年かかったとも言えるが、まさにこの10年間はこれまでの伝統的な小売業は売れる・売れないに終始し、その間インターネット市場をまともには相手にしてこなかった。その間にamazonは先述した自動システムをもって全てを支配することに成功しつつあるのである。

ここからはシステム屋のamazonがプレイヤー探しに長ける各メーカーをどう相手にするかが問題である。合理的にやっても得られる利益は報告書で納得できるレベルのものである。そもそも削減をベースに利益を出してきたところが、付加することで利益を出せるのかが今後ザ(インターネット)市場の勝敗を分けることになる。


3.蓄積
私個人としては2012年の前半は価値を見直すという活動に重きを置き、後半は制度がつくる価値についての蓄積を行ってきた。結果、制度がつくる価値については既存の価値の認識レベルにおいてまだまだ機会が存在するということを知った。価値の見直しについては、合計5回に渡る海外での活動および、細かい国内、特に地方での活動により得られたものが多かった。少なくとも日本においては価値の認識はここ10年以上何も変わっていない。しかし、最安が最も合理的な判断であるかどうかについては、都市部よりもむしろ地方でその行動が見直されつつある。時間と場所を超えられるインターネットの時代において地方よりむしろ都市部で価値のインターネット化が進んでいるのだ。



最後に。
インターネットでの発信がどんな結果をもたらすのか。その中身が変わってきている。集合知としてのインターネット。その特性を最大限に活かしきっているのはインターネットで利益をあげようとしている人たちだ。インターネットで利益をあげようとしている人たちが、モノ・コトの本当の価値をわかっているのか?といえば、「必ずしもその人たちはその専門家ではない」ということだけは言える。私や私の僚友たちが今行っていることはその専門家としての本当の価値の伝達である。


来る2013年。
皆さんにとっての価値ある1年とはどのような年になるのだろうか。




Photo:
しまなみ海道。対向2車線のタイトな道は高速で抜けるには相当なプレッシャーがかかる。しかし、この道をつなぐ島々は柑橘であったり、歴史であったり、ミネラルであったり、工業技術であったりと文化・技術・生活を支える豊かな道だ。