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    THE WELBECK GALLERY AWARD 2009 - WORD OF THE YEAR
    CATEGORY:GALLERY

    2009年。今年もアドヴェントのこの時期、THE WELBECK GALLERY AWARDの発表を行う。今年の第一回目の発表は以下。



    THE WELBECK GALLERY AWARD 2009 - WORD OF THE YEAR

    『悪意を持って悪いことをする人はいない』 ー ミキヒデオ



    ミキヒデオはバンド”震える舌”のドラマー。元々左利きのミキ氏はドラムセットを左用に変更せず、右利きのセットのまま演奏する。その理由をうかがうと、

    『毎回毎回セットを変更するのが面倒やし、迷惑かけるのもイヤなので』と面倒くさいだけなのか、周りへの配慮なのよく解らない答えが返ってくる。ただし、その言葉の調子は常に脱力系なのでイヤな感じが一切しない。パッと見「いい人」の典型のようなアタリの良さだ。

    写真のメモは私がこの言葉をミキ氏から聴いた瞬間にとったもので、今日まで大切にBAGの中に入れて来た。それだけ、この言葉にはインパクトがあった。

    言葉の内容を少し解説すると、人が行う悪い事の多くはその人の悪意によってもたらされるものではないということである。
    簡単に言えば、悪い事をしようとして悪いことをしている人は少なく、何かをやってしまった後で「悪い事」になってしまうということだ。

    キリスト教教会の看板などに「人は罪人」というふうな事が書いてあるのを見かけた方も多いと思うが、それを見た瞬間皆さんはどのように感じるだろうか?


    「オレは何も罪を犯していない。なのになんで罪人やねん」


    これが最も自然な反応だと思う。そういうものだ。

    しかし人は誘惑や自分を守ることからたまにとんでもない事をしてしまう。
    特に自分が生存しなければいけない場合、自分が生きるためにとる行動は確実に他者を蹴落とすようなことに近いはずだ。

    この一連の考えの中において、悪意に触れる瞬間は一度もない。そう、人は自分を守るために「罪を犯してしまう」のである。

    これがごく簡単に言う、キリスト教における人間と罪の関係である。



    「悪気はない」これはごくあたりまえの事であって、結果として、悪気はなくとも相手にとってはとんでもない事になってしまう。では、これを防ぐことはできないのか?

    最も効果的な方法というか思考のひとつとして、「配慮」するということがある。自分が行う事である相手が、または他の何かが多大な影響を受けるのか否か。ここに配慮するわけだ。行動を起してしまう前の一拍の空白をもし皆さんが感じたら、それは「配慮」する瞬間であると私は思う。