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    アンチカーナビ
    CATEGORY:2016

    テスラモーターズ(プレミアム電気自動車)のクルマを最近よく見かけるようになったが、さすが電気のクルマ。コンソール中央部にはなんと15インチのディスプレイが搭載されており、あらゆる情報を一元管理できるようになっている。

    それからすると1978年製のこのクルマには少なくとも「画面」というものは存在しない。運転は自分でするものであって、ドライバーは目的地まで自分の力で最短の時間で旅行をする。もちろん、運転する愉しみも存在するのでその限りではないが、基本的に運転に「画面」は必要ない。


    さて、私はアンチカーナビ派だ。これまで自分で所有した自動車、モーターサイクルにナビというものを搭載したことがない。もちろん、レンタカーなどでナビが装備されているものを運転したことはあるが、可能であればできるだけカーナビ機能はオフにして運転する。

    これは私が二輪、四輪いずれの場合も運転そのもの、または運転して旅行すること自体、比較的知的な活動であると考えているからである。

    確かにナビは便利だ。特に行ったことのない場所への案内は非常に助かるし、時間の節約にもなる。しかし、ナビの言うことをきいて運転した場合、どうもその経験は後々には思い出として残らないような気がする。

    私はその理由を、下調べ時間の節約と指示に従う運転は道を覚えないからであると見ている。特に事前計画の重要性を説くつもりはないが、下調べの時間は旅をイメージさせるし、実際に調べたものと異なる風景や状況が現れた場合の心の動きも大切なものだ。人は以外とそんな小さな挑戦に勝利することで自分の成長を感じられるものだ。

    また、指示に従う運転による道を覚えないこと。これは少し悲しいものがある。確かに目的地に着くことも重要だが、その途中の道を愉しむことがなければただ、そこに向かっているだけ。ということは道中の時間は「ムダ」ということになる。

    皆さんの経験においても言える事だと思うが、経験はその場所に行くや、それを買うということではなく、その場所に行くまでの時間であったり、買ったものを身に着けていた時間が重要なのだ。

    ということで、カーナビは私の中では究極的に時間を節約するモノであり、仕事で使う以外、個人使用でのカーナビほど自分を退屈に追い込むツールはないと考えている。

    さらに。
    運転席にカーナビの画面があれば、その空間は最も情報量の多いその画面に支配されることになる。家族団らんの居間やダイニングで威張っているつけっぱなしの大画面テレビと同じ状況をクルマでも再現しようという試みなのだ。


    ここまで書くとなんとかご理解いただけると思うが、
    単にハイテク嫌いではなく、そこにしかない時間を抹殺するマシーンであることをご理解いただけえば幸いである。


    アンチカーナビ。
    人生はナビゲーションされるものではない。自分で道を描いて、選択し、途中の移動も貴重な時間として楽しむ。

    ナビゲーションに支配されたほうが快適というのであれば、その時点であなたはすでに誰かの指示に従う生き方を選択していると言えるのかも知れない。