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09/06
Sun

ルールを知ること
CATEGORY:2015

私の使用しているスティックケースの中身をご紹介。

元々は5A (14.4mm)からスタートし、AS7A (13.7mm)を試し、
最終的にはSTEVE GADD (14.0mm)に落ち着いている。(内はすべて外径)
しかし、練習時は今でも5A。GADDは本番で主に使用。手のなじみがよく、滑らず、疲れないので使用するが、最初に教えてもらった5Aは言わば自分にとっての師匠のような存在で、これで新しいことを学べばGADDでは安定感を得られるというのが私の中のロジックである。

まあ私自身、練習中の身なので玄人から言わせれば恐らくこのくだりは所詮は「かわいい」ものであろう。



さて、ルールを知ること。
ルールを知らないでいると大抵の場合少し恥ずかしい思いをすることになる。
多くの場合は初めて行ったその現場での場違いな格好や、言動、態度などがその対象となるが、不思議なものでそういうシーンにはかならず心優しい人がいて、そっとルールを教えてくれるものだ。


私の経験をお話すれば、白で統一という服装についてのルールがあるロンドンのスポーツクラブに行った時、その時は「白い服を着てくるといいよ」と事前に友人が教えてくれたのでその通りにした。結果、他の会員権を世襲している会員に混じっても私が「よりルールに厳格な人」に見えたらしく、それはそれで他からみてユーモラスであったらしい。ルールが少しずつその解釈の幅を持つ中、私は会員ではないのでその微妙な変化を知る由もなく、それこそルールブック通りの服装であったことがそのような結果となった。

周囲からは少し笑いを招くようなことではあったらしいが、ルールに対してそれに従おうとしてしている態度、言い換えればそれを理解しようとする姿勢が認められたのかな?とも思い、なんとも言えない嬉しい気分になった。

最近、店頭に立つ人達とお客のコミュニケーションについて先述のルールを耳打ちしてくれる人との関連から以下のようなことを思いついた。



例えば、アパレル、ファッションのお店の人はお客に対して、それが似合っているか似合っていないかをはっきりとは言わない。ある意味この問題は伝統的なことではあるが、あくまでお客の尊厳を第一とする。この考えが支配的であるからだろう。しかし、センスだけではなく服そのものの着方や着こなしなどについて、多くのお客は何らかの意見を欲していることも事実だ。そのような状況の中で店頭のスタッフはお客にとってある意味最も身近な存在であり、ほめてくれるだけのスタッフでは不十分な状況もあり得る。

これらの問題に対して、「アドバイザー」や「コンセルジュ」などの別の肩書きをスタッフに与え、「お客様の尊厳は第一ですが、プロとして助言いたします」という「私はお客にもものを言います」をタイトルにしている人を配置する考えも浸透してきた。

私にとってお客は大切な存在。なので、お客が満足するだけではなく、そのお客が新しい世界に踏み込んだ時に恥をかかず、堂々と振る舞えるようなことを伝えたいと考えている。この感覚は自分の兄弟や親戚をどこかに送り出す時の感覚と似ているように思う。その点では単に「ものを言う」ということとも少しニュアンスが異なる。


しかしだ。
こうしたこととは関係のないところで満足を得るお客がいることも事実だ。簡単なところで言えば、「買う」ということだけで満足をする人もいるということだ。私自身はそうでもないが、しかし、単純に買い物行為そのものがストレス解消になるという説もあるくらいだし、自分でもたまにそんなことを感じたりもする。

私は「買う」や「手に入れる」ということの「その先」にその人にそのプロダクトとの間に起こることに対してより創造的であるべきだと考える。

人はそもそも、用が足りることだけを求めている存在ではないからだ。

しかし、今の世の中は「用が足りる」いわば最低要件にのみ集中しがちであり、そこでの熾烈な戦いが存在する。ある意味、「買う」ということだけに満足を覚える人は提供する側のこうした消費のスタイルのコントロールという側面が生み出したことかもしれない。

表向きはルールのないカジュアルな世界。
しかし、売る側、買う側の思考はより単純になり、
いわゆる取引だけが行われる世界。

そう考えれば、考えなくてよい取引の多くは
それだけ売る側の意図にコントロールされているという場所で発生しているのかも知れない。