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04/08
Tue

BMW MINIに対する考え方
CATEGORY:GOVERNOR

私、Governorは自動車評論家ではないので、いたって皆さんに近い視点でこの問題に触れようと思う。

製品の中の製品。工業経営などの世界で自動車がこのように呼ばれ、何かと自動車の開発、製造から販売までのあり様は、そのテの教科書には頻繁に登場する。また、自動車を所有する事が「普通のこと」になって久しい今日、自動車が売れているかどうか?は景気判断のひとつの材料に使われるなど、恐らく自動車は20世紀から今世紀にかけての「製品の中の製品」であり続けると思う。(ただし、今世紀末にはどうなっているのかはまったく想像がつかないが)

相当大まか自動車史の中でICONとしての存在を挙げるとすれば、T型フォード、フォルクスワーゲン・タイプ1とMINIになるのでは?と私は考えている。もちろん、歴史を見渡せばその多くの優れたクルマがこれまでにも存在し、それらを全てシンボリックに扱うことも可能だが、例えば、今の日本で70代の方でも30代の方でも下手をすれば幼児でもビートルとMINIは見かければ最低「何か」は解るというレベルで言えば、T型フォードを除いたこの2つはそれにあたると思う。

さて、少しMINIにしぼってお話をする。
以前にも紹介した本、『DRIVEN』David Kiley / 2004 / John Wiley & Sons, Inc. / ISBN0-471-26920-4 を私が発見したのが2005年の夏。トランジットで寄ったシンガポール・チャンギ国際空港の書店だった。確か、ニュージーランドのオークランドまでのフライトは5時間を超えるものだったが、この本のおかげで普段は早く着いて欲しいと思うフライトが、「読み終わるまで到着しないで!」と思えたと記憶している。それだけこの内容にはハマった。

私が特にハマったのは2つの事柄。1つはBMWの技術者はほとんど全員がモーターサイクルに乗る事=なので、走ってナンボを知っている=乗って面白いクルマを創る。というロジック。それともう1つはMINIにまつわるお話だった。

細かい内容は割愛させていただくが、私の理解ではBMWというドイツの企業が、MINIは英国で愛されてナンボをよく理解しており、生産をオックスフォード工場(現在ではUK内で合計3つの工場が稼働)でイギリス人の手によって行ったことに始まり、その後も徹底的にMINIとそれにまつわることをUK発として取り扱ったことが今日の新MINIの一般の認識につながっているということだ。

さて、さらに目線を日本にしぼって考えてみる。私はこの新MINIの登場が何に一番影響を及ぼしたか?とよく考える。それは恐らく旧MINIに憧れを抱いていたが、普段使いで故障無く使えるのか?というところで躊躇していた多くの人に、具体的な普段の足としてのMINIに乗る機会を提供したことだと考えている。当然、「BMWが製造・販売しているから」という理由の方も多いと思うが、私はむしろ、元来日本人が抱いて来た純粋に英国のICONであるMINIへの想いの方が強いと考えている。*注1




MINIほどICONICなものになると、まず、「新旧」という考えはどうでもよくなって来る。さらに、外車だとか国産だとかも関係なくなる。もっと言えば、「製品としてのパッケージング」などもまあ許せて来る。当然嫌いな方もいらっしゃると思うが、「万人受け」ではなく「だれもが、まあ良し」とするもの。MINIだけではなくビートルもそんなものではないだろうか。付け加えるならば、当然この2つ以外にも十分その要件を満たすプロダクトは日本にも存在する。


そんなMINIと私のつきあいは至って普通だ。基本は「放置」。必要な時に乗る。加えて言えば「道楽の対象」にしない。マニアなアプローチもしない。それは、まず旧MINIがやはりホンモノであること。私はホンモノに乗る人と比較して、楽な道を選んだのでMINIについて誇示しない。ただ、どんどん繰り出される新型車に翻弄されるのがいやだな。と思っていた時に、このクルマが出現し、「あ、これだったら普通に朽ち果てるまで乗れる」と感じたからだ。

永く、普通にプロダクトとつきあう。今やそれさえ落ち着いてやることが許されないくらいマーケティングは尖って来ている。なので、その中でなかなかホンモノとは出会えない。


*注1:

人はそれぞれ日常の中で特定のシーンに対する憧れのようなものを持っていると私は考えている。例えば、アメリカ西海岸に対するシーンなどで言えば「ホコリをかぶったダッジ・チャレンジャーでメキシコまで逃亡する」など。女性なら、劇的なプロポーズとその瞬間にまわりの人々が一気に祝福するとか。英米の人なら「海」と言えば「カリブ海」などなど、本当に様々だ。その点、MINIやビートルはもっと日常に近いところのシーンとして認識されているのではないだろうか。


PHOTO : FRESH & WILD in Off-Oxford