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    06/01
    Wed

    また1から
    CATEGORY:2016

    春の西伊豆。
    めずらしく夕方の時間帯に行ったので夕日に向かって走る。
    新緑のシーズン直前のこの時期は影絵のような枝葉のシルエットが美しい。


    私だけではなく多くの人が感じていることかも知れないが、

    「ひとつのことを長くやってコトを成し遂げる」は、
    本当に理想であり、目指したいもののひとつだ。

    ただし、それにはいろんな障壁が存在していて、それぞれの事情が常につきまとう。そんな中でも私が最も自分で自分がイヤになることは「飽きたから」ということを自身の中に感じてその世界を後にすることである。

    理由は簡単で「飽きるくらいなら最初からするべきではなかったのではないか?」と心の声がきこえるからだ。すなわち、意志の弱い自分を人はあまり感じたくはないのだろうと思うのである。

    それに対して「初心貫徹」や「首尾一貫」という言葉にはブレない強い精神と、言葉の通りに何かを一貫して目指すという「ひたむきさ」も感じる。そう、そこにはライフワークという言葉とどこかで通じる部分を感じる。

    まさに「憧れ」の世界だ。

    そんなことを知っている「弱い自分」。
    ただ、その時その時で新たな使命を見いだす自分もいたりして、ここまで来るとアイデンティティとかそういうものに絡む、どちらかと言えば面倒な話にもなってくる。


    でもどうだろう?
    誤摩化し、ぶら下がるくらいなら、そのぬるま湯から出て厳しい世界に身を置いてみるというのも。

    ある領域で10年をかけて成し得たことに満足せず、さらにひとつ上の領域で次の10年をかけてまた成し遂げる。可能性を感じるのならばその可能性をパスすることをせず、また周囲に頭を下げるところから始めて見る。

    確かに20年をかけてなし得ることもあるが、

    「また1から」

    この機会が与えられるのであれば、また10年かけてやってみることもいいのではないか?と思うのである。

    そんな一貫性のない自分にもそんな機会が与えられるのなら。